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落選運動と選挙運動について

1 落選運動は公職選挙法上の「選挙運動」ではありません

 

公選法における「選挙運動」とは、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために、直接または間接に必要かつ有利な行為」と定義しています。(選挙制度研究会編『実務と研修のためのわかりやすい公職選挙法[第15次改訂版』(ぎょうせい・2014年174頁)

従ってある選挙において「特定の候補者の当選の目的がなく」、現実に「特定の候補者の投票を得または得させるための行為がない」落選運動に関しては公職選挙法にいう「選挙運動」に該当しないことになります。

 

選挙運動とは「特定の候補者の当選させる目的」で言わば「投票依頼行為」があることに対して、落選運動とは「特定の候補の落選を目的」で「その落選候補者に投票を得さしめない行為」を言うことになります。

 

戦前の判決においても落選運動は選挙運動と理解されてはいなかったのです。

「選挙運動トハ一定ノ議員選舉ニ付一定ノ議員候補者ヲ當選セシムヘク投票ヲ得若ハ得シムルニ付直接又ハ間接ニ必要且有利ナル諸般ノ行為ヲ為スコトヲ汎称スルモ」「單に議員候補者ノ當選を得シメサル目的ノミヲ以テ選舉ニ関シ・・・スルカ如キ行為ハ之ヲ以テ選舉運動ナリト称スルヲ得ス」(大審院1930年(昭和5年)9月23日衆議院議員選挙法違反被告事件)。

 

戦後の落選運動に関する判例は検索した限りでは次の1件だけですが、この判決も同様に解しています。

「公職選挙法第百四十二条は選挙運動のために頒布する文書図画を選挙用である旨を示した一定数の通常葉書に制限し、それ以外の文書図画を選挙運動のために頒布することを禁止したものである。従って、選挙運動のためにするのでなければ同条の禁止にふれないことは云うまでもない。そうして同条に云う選挙運動とは一定の公職につき一定の公職の候補者を当選させるためにその候補者に投票を得させるに有為をなすことを云うのであって、一定の候補者を選させるためにする為は同条に云う選挙運動ではない。」(札幌高裁1953年(昭和28年)6月4日判決・高等裁判所刑事判例集6巻5号749頁)。

 

2013年5月に施行された改正公職選挙法においてインタネット選挙運動が解禁されました。この改正に際して第142条の5に「当選を得さしめない為の活動」=落選運動について初めて選挙運動と区別して一定の条文を設けました。公職選挙法は「選挙運動」については様々な規制をしていますが、落選運動については、「選挙運動」とを条文上も明白に区別することになり、告示後の規制が一部なされただけです。

 

念の為に法142条の5の条文を引用します。

(インターネット等を利用する方法により当選を得させないための活動に使用する文書図画を頒布する者の表示義務)

第142条の5  選挙の期日の公示又は告示の日からその選挙の当日までの間に、ウェブサイト等を利用する方法により当選を得させないための活動に使用する文書図画を頒布する者は、その者の電子メールアドレス等が、当該文書図画に係る電気通信の受信をする者が使用する通信端末機器の映像面に正しく表示されるようにしなければならない。

2  選挙の期日の公示又は告示の日からその選挙の当日までの間に、電子メールを利用する方法により当選を得させないための活動に使用する文書図画を頒布する者は、当該文書図画にその者の電子メールアドレス及び氏名又は名称を正しく表示しなければならない。

 

以上の通り、落選運動は公職選挙法の「選挙運動」ではない以上、告示前に特定の議員を落選させる運動をしても公職選挙法上の「事前運動」には抵触しません。落選運動は一般の政治活動ですから、インタネット、ブログ、HP、ツイッターなどで来年7月の参議院選挙や来る衆議院議員選挙で〇〇、××議員を落選させようと記載してもかまいません。集会、デモなどで〇〇、××議員を落選させようと一般の政治活動ですから、何ら違法ではありません。

 

「安保法制賛成議員を落選させよう!!」「〇〇議員を参議院選挙で落選させよう」という政治的要求を掲げて集会、デモなどの運動をするだけでは政治的な活動であって問題はありません。

 

私達のサイトで安保法制に賛成した議員の来年7月の参議院議員として自民党等が公認している各議員を落選させようと呼びかけていますが、公職選挙法の「事前運動」にもちろん該当しません。

 

なお私達の「落選運動支援の会」は団体としては、特定の政党や特定の候補者を推薦したり、応援したりする選挙運動は行いません。安保法制に賛成した議員の落選運動を行うだけで、特別の政党や政治家の支援、推薦を行いません。

 

2 落選運動は一定の場合に「選挙運動」に該当する可能性がある点を総務省のガイドラインでは指摘しています。

 

『改正公職選挙法(インタネット選挙運動の解禁)ガイドライン(第1版平成25年4月26日)』の29頁から30頁において、「ある候補者の落選を目的とする行為であってもそれが他の候補者の当選を図る目的のとするものであれば選挙運動となる」可能性を指摘し「何ら当選目的がなく、単に落選目的の場合には選挙活動に該当しない」と落選運動を前記戦前の判例を引用して解説しています。http://www.soumu.go.jp/main_content/000222706.pdf

 

総務省のガイドラインは「落選運動の目的」が「他の候補者の当選を図る目的」と書いていますが、落選運動の個人や団体の「主観的な目的」「動機」などではなく「落選運動の目的」が「他の候補者の当選を図る目的」であると「客観的に認定される」場合を想定していると思われます。

 

落選運動をしていることが「他の候補者の当選を図る目的」と「客観的に認定される」場合とは、例えばA候補を落選させようと運動しながら、他方ではB候補の選挙運動を客観的に行うような場合が該当するのであろうと思われます。

 

一市民がB候補を「内心」支援しようと思い、A候補を落選させる運動をしたからと言ってB候補を支援する対外的な「選挙運動」をしない限り「動機」「内心」を罰することは近代刑法ではできないことは当然ですので、このような場合をも「選挙運動」に該当するとは、総務省のガイドラインは述べていないことは明らかです。

 

一人区で、マスコミの報道で2人しか立候補候補者がいないと予想される場合に、A候補を落選させようという落選運動は、他の「B候補を利することに結果としてなる可能性」があるから選挙運動になるのではないかという心配をされる方もおられます。しかし一人区で、2人しか立候補候補者がいないと予想される場合に、A候補を落選させる運動だけで、B候補の推薦、投票の依頼行為がない限り、「B候補の選挙運動」にはなりません。

 

もちろん落選運動に特化して運動する限り、それが選挙運動に該当しないことは明らかです。

以上の通り選挙の告示前は落選運動に関しては選挙運動に該当せず、公職選挙法に言う「事前運動」にも抵触しません。

 

3 選挙の告示後の落選運動に関しては後日掲載します。

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