2005年政治資金収支報告書・政党交付金使途報告書に関する新 聞報道のあり方について
2005年政治資金収支報告書・政党交付金使途報告書に関する新聞報道のあり方について
政治資金オンブズマン共同代表
上脇博之(神戸学院大学教授)
2006年10月16日
はじめに
“政治とカネ”のスキャンダルは、いまだに発覚し続けて、国民の政治不信も相変わらず増幅し続けている。そのような中、2005年の政治資金収支報告書と政党交付金使途報告書が1ヶ月余り前の9月8日に公開された。昨年は衆議院議員総選挙があったため、公開が9月下旬にずれ込んだが、今年は例年通りの日程で公開された。
政治資金の問題は、民主政治を左右する重大な問題である。国民が知る政治資金全体の実態は、マスコミの報道に依拠している。それゆえマスコミの報道の内容・あり方は極めて重大である。
ところが、テレビメディアはこの点で相変わらずその使命を果たしてはいない。率直に言って、ジャーナリズムの精神に欠け、「マスコミとしては失格である」といわれても仕方がないのではなかろうか。
これに比して、新聞メディアは国民の知る権利に大いに役立つ報道をしており、相対的に高く評価することができる。とはいえ、近年、新聞メディアの間にも、その報道の内容・あり方の点で、次第に大きな落差が生じているうえに、今年の報道は、正直言って、全体的に期待はずれなものであった。
神戸で入手できた全国紙の9月8日付の紙面記事(大阪本社版)、同日付・翌日9日付の社説について、幾つか感想・意見を述べることにする。マスコミ関係者にあっては、今後の報道の際、是非とも参考にしていただきたい。
1.小さくなった新聞紙面の問題
従来、政治資金収支報告書(及び1996年からは95年の政党交付金使途報告書も)について各新聞が報じる紙面は大きかった。しかし、その後、その紙面も次第に小さくなってきた。
2005年の政治資金と政党交付金についての今年の報道紙面(社説を除く紙面の面積の合計)は、思いのほか小さかった。
読売新聞が約1.8面、毎日新聞が約1.5面、朝日新聞が約1.4面、産経新聞が約1.3面、日経新聞が1面弱。
合計して2面を超える新聞はなかった。
そのうえ、当日付あるいは翌日付の紙面において、政治資金に関する社説を掲載してない新聞は、8日付毎日新聞、9日付朝日新聞の2社だけであった。
読売新聞、産経新聞、日経新聞は、両日の新聞社説でも政治資金を取り上げてはいなかった。
紙面の大きさは一見形式的なことであり小さなことのようで、実は大きな問題である。その証拠に、社説で政治資金問題について論評していない新聞があったのだから。
2.企業献金の実態についての十分な理解の欠如の問題
全国新聞が政治資金についての紙面を大きく割かずに小さく、紙面づくりに精彩を欠いていた理由の一つに、政治資金の総額が全体的に減少し、そのうち企業献金も過去最低で全体的に減少しているという認識が挙げられるだろう。
毎日新聞は総合面で「ぶっ壊れたパイプ 自民・国政協寄附が激減」と、第17面で「各党とも収入源」「献金にも格差くっきり 地方の中小で減少 中央の大手は横ばい」と報じ、社説は「政治資金 やればできる?脱企業献金」と論評していた。
読売新聞は第15面で「主要5党の収入減少」「パーティー収入19億円減」「実力者離党で資金力低下」と報じた。
朝日新聞は総合面で「政治資金、20年で最低 昨年中央分」と報じた。
産経新聞は第1面で「収入総額3.8%減 17年政治資金 企業献金は最低」と、政治面で「各党収入新党除き減収 民主は大赤字」と報じた。
日経新聞は第1面での言及はなく、第2面(総合・政治)で「政治資金、21年ぶり低水準」「昨年収入1328億円 献金落ち込む」と、特集面で「パーティー収入 急な衆院選、6.7%減」「企業・団体献金 中堅以下、なお慎重」と報じている。
しかし、パーティー券収入は2004年と比較すると減少しているものの、過去10年間で見ると増加しているのである。これは各紙もとりあえず報じている。日経新聞は社会面で、自民党の造反組の政治資金集めに注目して「企業献金途絶え・・・」「パーティー開催増やす」と報じ、読売新聞は第15面で「自民派閥 パーティー開催などで補う」と報じた。しかし、それが実質的な政治献金として見なされてはいない。
企業もパーティー券を購入しているのであるから、パーティー券収入も含めて企業献金の実態を見るべきであろう。
もちろん、これに対しては、パーティー券は個人も購入しているので、パーティー券収入を企業献金に含めて計算することはできないとの反論も予想される。
しかし、そうであれば、せめて企業献金が減少していると断点する見出しを掲げるべきではないだろう。
また、パーティー券収入とは別に、日本経団連が優先政策を掲げ、自民党と民主党の政策を評価し、それに基づいて傘下の企業に政治献金を斡旋していることに注目した紙面づくりがあって然るべきだっただろう。
これは、単に企業献金の金額が増額したか否という量の問題だけではなく、日本経団連が二大政党を買収しようとしているという質の問題にも注目すべきであろう。
もっとも、日本経団連の企業献金斡旋に注目している紙面が全くなかったわけではない。毎日新聞は第17面で「年間2000万円を超える献金をした企業」を一覧にした上で「経団連 圧力じわり 政策評価、自・民は敏感に」と報じた。
しかし、全体としての紙面づくりとしてはこの点への注目がほとんどなかった、といわざるを得ない。だからこそ、紙面全体が小さくなったし、社説さえ論評しない新聞があったのだろう。
3.問題の本質を見失った紙面の問題
以上のように、全国新聞が企業献金について十分な理解を欠いていることもあって、蒸気2で指摘した点以外にも、政治資金についての問題の本質を見抜いてはいないという問題がある。
もちろん、各紙は、業界の利益誘導の問題や談合企業の政治献金の問題に注目した紙面づくりをしていた。
朝日新聞は社会面で「現役局長から選挙資金 OB団体が借り入れ寄附『郵政造反組』へ」と、第16面で「献金 薬剤師連盟が最多の4億円」と報じた。
読売新聞は第15面で「『大樹』収入8億6000万円 前年比5倍『郵政』反対派を支援」と、社会面で「懲りぬ?日歯連 1年で政治献金復活」との見出しで、日本歯科医師会、貸金業界、水谷建設の政治献金について報じた。
産経新聞社会面は、「政治資金談合企業ズラリ ヒルズ族も『お付き合い』」「福島談合 東急建設幹部が供述」と報じた。 日経新聞社会面は「郵政OB団体 献金5倍」「水谷建設 元会長、100万円寄附 福島談合関係者も提供」と報じた。 毎日新聞社会面は「佐藤工業幹部から5人の議員に献金」「不妊治療2医師 野田氏に200万円」と報じた。 また、産経新聞は、政治面で「郵政解散動いたカネ 武部氏、1億円を2回引き出す」と報じ、政治日程・選挙と自民党幹部の政策活動費との関連を報じていた。
読売新聞は第15面で総選挙関係の主な支出の一覧表を示して「衆院選 自・民ともに巨費注ぐ」と報じた。
これらは大いに注目される紙面であった。 これらの報道については、比較的高く評価できるであろう。
しかし、企業の政治献金の本質がそれで十分に報じられているとは言えない。
まず、迂回献金の問題についての認識の甘さを指摘せざるを得ない。
もちろん、各新聞は、政治家の後援会や資金管理団体だけではなく政党支部の政治資金についても着目して、政治家の政治資金について報じている。大変な労作だったと推測する。
とはいえ、この報道は、自民党総裁選について報じた紙面がある中で、“政治家の資金力”として報じてしまっている。
朝日新聞は第1面で棒グラフと折れ線グラフを使った上で「安倍氏の資金力急成長 5年で倍、2.9億円に『総裁有力候補』の引力」と、総合面では安倍氏への献金者の地域分布と産業分布をグラフで示したうえで「企業も個人も『安倍投資』」「IT長者『世代交代に期待』」と、第16面では「森派断トツ6億円」「小泉チルドレン 懐に格差 自民党初当選組の資金力」と、それぞれ報じた。
読売新聞は、第1面で「政治資金 安倍長官3億770万円 昨年収入 総裁選視野3割増」と、総合面では総裁選候補の資金力を棒グラフで示したうえで「分析 ポスト小泉 政治資金」「安倍氏資金力も勢い」「個人・企業新たな献金者急増」などと、政治面では「最大勢力 資金もトップに 森派『独り勝ち』 05年収入前年比54%増」と報じた。
毎日新聞は第1面で「安倍氏への個人献金4.6倍 政治資金収支報告」と、総合免で「献金も安倍氏独走」「中川秀直氏、5年で1.8倍」と、第17面で「収入も森派独り勝ち」と報じた。
産経新聞は第1面で「自民党総裁選候補の資金管理団体の収入状況」を折れ線グラフで示したうえで「安倍氏、資金力もリード」と、政治面では収入ランキングを表示し「森派13年ぶり首位」と報じた。
日経新聞は総合面で「安倍氏、資金力断トツ」「ポスト小泉 献金、医療系目立つ」と報じた。
しかし、これでは、自民党の総裁選、民主党の代表戦の前だっただけに、読者は、「政治家の資金力」がまるで「政治家の政治力」であると勘違いすることだろう。
また、ここでは、一部の例外を除き、迂回献金の問題として報じていない。せっかくの労作を台無している。
もっとも、その全てが迂回献金とは断定できないとの批判もあるだろう。しかし、そうであっても、それを単純に「政治家の資金力」として報じてしまうことは、迂回献金の問題を軽視しているといわざるを得ないだろう。
また、共産党を除く各政党が公費である政党助成にどっぷりと依存していることを厳しく問題視する紙面づくりもなされてもいない。もちろん、依存状態を報じている紙面もあった。日経新聞は総合面で「交付金依存が定着」と報じ、依存度を紹介している。しかし、数字の紹介にとどまり、それに対する厳しい評価はないし、それが紙面全体を左右してはいない。
政党交付金に依存していることは、政党が社会・国民に根ざしているとの政党の本質を喪失していることを意味している。
そのことを問題だと思わないとしても、郵政民営化をはじめとして民営化を主張している政党そのものが国営化していることを問題視して紙面をつくり、社説でそのことを指摘して批判することだって可能であったと思われる。
(なお、各政党の全収入に対する政党交付金の占める割合の計算につき、自民党の場合60%程度と報じられているが、これは2005年の政党の全収入を、繰越金だけを除いて計算している結果であろう。しかし、これだと、借入金が全収入に含まれて計算されていることになる。
自民党は30億円の借入金があり、これを収入に含めて計算するのはおかしい。本来、借入金は返済しなければならないから自己収入として処理すべきではないし、銀行から多額を借り入れることを通じて政党交付金への依存度を低める操作が可能になってしまう。収入については、繰越金だけではなく借入金も控除すべきである。
自民党の場合、借入金の30億円を控除して全収入を出して計算すると、自民党の政党交付金への依存度(国営化度)は67.9%になる。)
4.法律改正の主張と法律改悪の批判の欠如
現行の政治資金規正法は、多くの欠陥を抱えているから、国民の知る権利を保障するためにも、カネで政治が買われることを防止するためにも、その改正が主張されるべきであった。また、与党が法律を改悪しようとしていることを批判すべであっただろう。
例えば、パーティー券の透明度は低いから、透明度を高める法律改正を主張すべきであっただろう。また、企業献金そのものは本来許されるべきではないのに、禁止されていない。それをあえて主張しないとしても、企業がパーティー券を購入することを規制するよう主張することはできるだろう。現行法によると、資金管理団体への企業献金は禁止されているが、パーティー券については、それがどこの主催でも企業がそれを購入することを許容している。しかし、企業献金を政党へのものに限定しているのであるから、それを妥当であると考えるのであれば(この問題点は後述する。)、少なくとも、政党が主催するパーティーを除き、企業がパーティー券を購入することは禁止されるべきだろう。そうしないと、論理が一貫しないからである。
また、迂回献金に対処する法律改正についてはいまだに十分な整備がなされては居ないのであるから、これを強く主張して然るべきであっただろう。日経新聞は総合面の「解説」で「一段の透明性 不可欠」として「迂回献金の禁止」などが「ポスト小泉政権の課題」であると主張している。毎日新聞は第17面で「資金の流れ安倍氏見えにくく企業・団体献金、支部素通り」と報じたうえで、社説で、迂回献金が「政治資金のマネーロンダリング」であると指摘し、法律改正を主張していた。
また、読売新聞は第15面で「政治団体間の寄附5000万円制限なら14例が超える」と法律改正の不十分さを臭わせる報道を行っており大変注目されるが、残念ながら、具体的な法律改正を主張してはいない。 いずれにせよ、それ以外は法律改正を主張するものはなかった。
さらに、与党は、政治資金規正法の改悪案を国会に提出し、今継続審議になっており、今の臨時国会で強行採決される可能性も否定できない。改悪案の主要な内容は二つある。
一つは、外資50%超の企業にも政治献金を許容するというもので、国家主権(国家の独立性)・国民主権を侵害する内容である。
もう一つは、いわゆる情報公開法が制定されているにもかかわらず、秋の恒例の公開まで情報公開請求に応じなくても違法ではないようするともので、知る権利を侵害し、国民主権原理に反する内容である。
前者について批判をしているのは、「向いている方向がまるで違うのではないか」と主張する毎日新聞の社説(8日付)だけであり、後者については批判するものはなかった。
最後に、支出におけるチェックが十分にできない法律の不備を指摘する紙面づくりもなされてはいない。毎日新聞は社会面で「『事務所費』4000万円領収書添付必要なし目立つ不透明記載」と報じ、領収書添付を義務付けるべきとのコメントを載せている、また、毎日新聞は社会面で「党員数変動するも2年続け同数報告 公明党」と報じており、注目できる。
また、政党交付金の使途につき「自民系広告会社 党CM費16億円“『丸投げ” 手数料など決算書非公開 ほぼ全額交付金から』と報じ、間接的に法律の不備も指摘しているが、法律改正を具体的に主張してはいない。
しかし、それ以外はこのような問題点を指摘してはいない。
5.1994年「政治改革」への評価の欠如
1994年「政治改革」は、政党本位の政治資金制度を目指していた。しかし、前述したように、政治家の政治資金団体、後援会、政党支部を通じて、政治資金が政治家個人になされている。つまり、政党本位の政治資金集めは実現していないのである。
となると、「政治改革」は失敗であったということになるから、本当の政治改革を行うべきであると主張されなければならない。しかし、そのような紙面はどこにもなかった。
また、逆に、政党本位の政治資金制度を目指すことそのものが問題であると評価することもできる。政党を法律によって党執行部の権限を強化し、中央集権化することになるからである。しかし、これを批判する紙面もなかった。
さらに、企業・団体献金は、政党助成法の制定後5年で、全面廃止されると期待されていた。そのために当時、附則第10条が制定されたとマスコミは認識したはずである。しかし、いまだにその国会公約は実現していない。しかし、この点を指摘する紙面や社説はなかった。
経済同友会の代表幹事は、「金のかからない政治・選挙に向けた政治改革の取り組みが引き続き効果を上げつつある」と9月7日の夕方にコメントを発表しているが、同時に、「『政党法』を制定して政党を公的存在と位置づけ、・・・」などとコメントしてもいる。民営化賛成論者が政党の国営化を賛成しているのであるが、このようなコメントがなされるのは、マスコミがこれまで「政治改革」を失敗であったと総括してこなかったからであろう。
マスコミには、ジャーナリズムの精神をもう一度思い起こしてほしい。
以上